入院騒動<2>

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    9月11日

    末っ子の入院が決定し、一旦家に戻った私は、小学校と幼稚園からそれぞれ帰ってきた上の子二人に話をした。

     

    「末くんがね、最近ずっと吐いてて具合悪かったでしょ。

    だからちょっとの間、病院に入院して治してもらうことになったの」

     

    意外にも、兄の方が反発した。

     

    「入院なんてやだ!末くんがいないと嫌だ!!」

     

    すぐに帰ってくるからと説明しても

    「嫌だ!パパとママはそれでいいの!?パパもいいって言ったの!?」

    「末くん死んじゃうの…?」

     

    私だって末くんと離れるのは嫌だ。

    死んだりして堪るか…そんなことがあるはずはない。

    ちょっとお腹の調子が悪いから、回復のために入院するだけなんだから。

    自分の中の不安も打ち消すために否定する。

     

    兄はそっぽを向いて涙を拭うと

    「ママ、末くん本当に死なない…?兄太、末くんが大きくなったらいっぱい遊んであげる…」

    震える声でそう言った。

     

    そんなにショックを受けるとは思わなかった。

    まだ7歳の兄太が、こんなにも末っ子のことを大事に思っていてくれてたなんて。

    もう幼いだけの子供ではないんだな。

     

     

    一方4歳娘の方は「末くんにおもちゃを持って行ってあげる!」と

    入院荷物のバッグに張り切っておもちゃを詰めていた。

     

    どこまでわかっているのか不明だが、末くんのためにやってくれているのは確かだ。

     

    だが手当たり次第におもちゃを詰めまくっていくので、途中でストップをかけて、おもちゃは二品に減らした。

    持ち込む物は全て記名するように言われたので、末っ子の名前を書く。

     

    今は末っ子が使っているが、二つとも娘が産まれた時にお祝いで貰ったおもちゃだ。

    この先、この末っ子の名前が書き込まれたおもちゃを見る度に、入院のことを思い出すようになるんだろうなあ。

     

    兄妹を連れ、荷物を持って病院に向かう。

    末っ子の入院している小児病棟は、感染症を防ぐため15歳以下は立ち入り禁止になっている。

    入口前の廊下で待つように言うと、兄太は顔を歪めた。

    「兄太も末くんに会いたいのに!何で入れないの!!」

     

    入れないことは家を出る前から説明してあったし、本人も頭では理解しているのだろうが、それでも納得はしていない。

    入口の内側まで末くんを連れて来ることは出来るから、ガラス越しになら会えると説得し、廊下のソファに座っているように言い聞かせて私だけ中へ入る。

     

    病室へ行くと、末っ子はスヤスヤ寝ていた。

    看護師さんが「お腹空いてるみたいでずっと泣いてたんですけど、さっきミルクをあげたら機嫌直ってそのまま寝たんですよ」と教えてくれた。

     

    ミルク?

    何か点滴でミルクあげずに過ごしてお腹を休ませるとか言ってたけど…

    まあ泣きっぱなしも辛いだろうし、病院でちゃんと判断してやってくれてるから良いのかな…

     

    ちなみにミルクを飲んでも吐かなかったらしい。

    担当のお医者さんとも話したが「大丈夫そうですけどねえ…?」みたいな感じ。

     

    家では何度も吐いてたという話をしても「まあ赤ちゃんが吐き戻すのは普通ですからね」「とても元気ですよ」

     

    それでも、一応血液検査とかしてくれるらしく、数日入院になるのは確実とのことだった。

     

    夜に寂しがって泣くのではないかと心配だったので、付き添いで泊まれるか訊いてみたが

    「付き添いなら毎日24時間いてもらうことになる。外出も不可」

    「他のお子さんがいるなら面会だけにして、病院に任せてもらった方が良いと思いますよ」

    と言われて諦めた。

     

    昼間は家にいて上の子らの送り迎えをし、夫が帰宅したらこちらへ私だけ泊まりに来ようかと思ったのだが、そういうのは出来ないらしい。

     

    途中で末っ子が目を覚ましたので、廊下へ連れ出していいか尋ねてみる。

    構わないとのことだったので兄妹の待つ入口前まで抱いて行った。

     

    ガラスの扉越しに末っ子の元気そうな姿を見て、兄妹が嬉しそうにしたのも束の間

    兄太がまた半泣きで怒り出した。

     

    「末くんに触りたい!普通に会いたい!」

    「兄太も中に入りたいよ!!」

     

    何とか宥めて、末くんをベッドに戻す。

    兄妹を長く待たせてはおけない。

    末くんのことは心配だったが、病院に任せて今日は帰ることにした。

     

    最寄駅に着くと、もう時刻は6時近かった。

    私も疲れたし、兄太も落ち込んでいたので晩御飯はファミレスに行くことにした。

     

    兄太がメニューを見て、パフェ食べたい!と言い出したので「食事を残さず、兄妹喧嘩もせずにいられたら頼んで良い」と告げると彼のテンションは超回復した。

     

    兄「全部食べて喧嘩しなかったらパフェ食べれるってよ!妹ちゃん!!」

    妹「妹ちゃんこのパフェがいいー」

    兄「ダメ!!こっちのパフェ!!!(怒)

    私「喧嘩したら取らないからねー」

    兄「妹ちゃんッ!お兄ちゃんとこっちのパフェ食べよ!?」

    妹「えーこっちがいいー」

    兄「イチゴ妹ちゃんが食べていいから、こっちにしよ!!?」

    妹「うん」

     

    もう兄太は超ご機嫌で「ねえママ!末くんがいないからゆっくり食べられるね!!」とか言ってる。

    さっきまでの沈痛な面持ちはどこへ行ったんでしょうね?

     

    まあ落ち込んでても末くんの退院が早まるわけじゃないから、気楽に過ごせるならその方がいいんですけどね。

     

    家に戻り、子供たちを寝かせて一息吐いていると夫が帰ってきた。

     

    夫「末くんのことが心配で…ショックで…僕まで具合悪くなってきた…

     

     

    おい!!

    具合悪くなってる場合か!!!

    今それどころじゃねえぞ!!!

     

    私は末くんと兄妹の対応で手一杯だから、あんたのケアまでしてる余裕ないからな!!?

     

     

    末っ子の入院にすっかり意気消沈してしまった夫は、「もうゲームをする元気もない」「末くん大丈夫かなあ…泣いてないかなあ」と言いながら弱弱しく布団に入った。

     

    さて私の方はというと、勿論末くんのことが心配ではあるのだが

     

    末くんに飲まれず溜まりに溜まった母乳で乳がめちゃくちゃ痛いです。

     

    痛い!痛過ぎる!!

     

    爆発するぅぅぅ!!!!!!

     

    もう痛過ぎて眠れない。

    何度も起きて洗面所で乳を搾って捨てる。

    今まで搾乳って殆どしたことなかったから、搾乳機もないし搾り方のコツもわかってないし

    時間ばかりかかって大して出ないしもう痛い!辛い!!

     

    正直乳が痛過ぎるせいで純粋に末くんの心配をする余裕がない…!!

     

    子供の入院で乳が痛くなるのは盲点だった。

     

     

     

    9月12日

    今日は水曜日なので、本来なら上の子たちは二人とも普段より早く帰宅することになっているのだが、

    私が面会開始時間の10時に末くんの所へ行って、上の子の帰宅時間までに家に戻るとなると、病院には一時間もいられないことになる。

    流石に短い。

    仕方がないので、兄には学校敷地内の学童、妹には幼稚園の時間外保育に行ってもらうことにして、私は夕方まで末くんのそばにいることにした。

     

    夫も出社時間を遅らせて、自身の体調不良のために近所のクリニックへ行った後、一緒に末っ子の病院へ行くことになった。

     

    夫「末くん大丈夫かなあ。寂しがって泣いてるかなあ」

    私「一晩中泣いてたかも知れないね…」

     

    面会開始と同時に中へ入る。

    病室へ行ってみると、末くんは特に泣いたりはせず、一人でもぞもぞしていた。

     

    「末くん」と声を掛けて歩み寄ると、我々に気付いてニッコニコの笑顔になった。

    ええ…超可愛いんですけど…

    そして元気そうなんですけど…

     

    私は半日ぶり、夫は丸一日ぶりの再会に感激していると、看護師さんとお医者さんが現れた。

    末くんはレントゲンも尿検査も異常なし。

    吐いたのは昨晩一度だけで、月齢相応の吐き戻しに過ぎず、特に異常は見られないらしい。

    点滴はされたままだが、末くん本人も機嫌も良いし元気だ。

     

    末くんが心配で体調が悪くなっていた夫も「元気だし、病院も綺麗でちゃんと見てくれそうで安心!」と気力回復して出社して行った。

     

    末くんが寝かされているのは大きくて頑丈な、柵付きのベッドだ。大人が乗っても大丈夫なので、子供と一緒に寝ることも出来るらしい。

    ベッドに乗ってみる。

    末くんが笑顔で私の膝に這い上がってきた。左腕の点滴がずれないよう肘から先を固定されているので、動きづらそうにしているが、それでも元気によく動く。

    ニコニコしていたが、すぐに乳を求めて私の胸元を探り出し、私があげるのを躊躇っていると泣き始めた。

    胃腸休ませるために点滴してるんだし、ベッドの脇にはミルクをあげた時間と量の書かれた紙が置いてある。

    ちゃんと管理されているなら、勝手に飲ませたらまずいのではないか。

     

    私があやしていると、様子を見に来た看護師さんが「授乳してもいいですよ。あげるならカーテンしめて下さいねー」と声をかけてくれた。

     

    あげて良いならあげるか…

    正直乳も張りまくりで限界だ。

     

    カーテンを閉めて、いざ授乳。

    あーやっぱり飲んでもらうと楽ですねー。

    自力で絞るより圧倒的に楽に痛みなく大量の乳が出ていきますねー。

     

    痛みも治まってまったりしていると、末くんが吐いた。

     

    大した量ではなかったが、やはりあげてはまずかったかと焦る。

     

    家にいる時もそうだったが、本人は特に体調が悪そうな素振りもなく、吐いてすっきりしたのかそのまま寝てしまった。

    私が来たから安心して眠くなったのかな。やはり昨晩はあまり眠れなかったのかも知れない。

     

    吐いた物を拭いて、しばらく寝ている末くんの横でぼんやりしていたら、昼食が運ばれて来た。

    可愛い器に入った離乳食だ。

     

    事前に離乳食の進み具合を聞かれていて、私が「お粥、にんじん、じゃがいも、豆腐は食べられる」と答えたので、その通りの物が用意されている。

     

    末っ子が寝ているのを見ると、看護師さんは「一時間くらいは置いておけるので、目が覚めたら食べさせてあげて下さいね」と言ってお盆を置いて去って行った。

     

    再び寝ている末くんを見ながら、携帯をいじりつつぼんやり待機。

    そろそろ一時間が経ってしまう。

    せっかくお昼用意してくれたのに食べないと勿体ないな、と末くんをつついてみると、目を覚ました。

     

    「末くんおはよー。ごはんあるよ!少し食べようか?」

     

    抱きかかえてスプーンを口元にやるが、口を開けない。

    「どうしたの、美味しいよ?お腹空いてないかな?」

     

    野菜や豆腐も一匙ずつ差し出してみるが、頑として口を開けない。

    それでも勿体ないから一口くらいは…と、手で口を開けさせて食べさせてみた。

    一度口に入れば食べる気になるかも知れない。

     

    途端に吐いた。

    大量に吐いた。

     

    さっき飲んだ母乳まで出たようだ。

    シーツはビチャビチャだ。

     

    丁度食事を下げるために看護師さんが来たので、末っ子が吐いたことを伝えるが

    「あ、じゃあシーツ替えますねー」

    と事も無げな感じで応じて替えのシーツを取りに行った。

     

    吐き始めてから離乳食止めていたから、もう受け付けなくなってしまったのだろうか。

    無理に食べさせるんじゃなかった。

     

    新しいシーツの上で、再び眠りに落ちる末っ子。

    その後は私がいる間は寝たまま起きなかった。これ私がいる意味あるのだろうか。

    そのまま帰宅時間になったので病室を後にした。

     

    幼稚園と小学校を巡り、子供たちを連れ帰る。

    今朝、私が末くんのお見舞いに行くために学童に行ってて欲しいと頼むと、兄太は自分を置いて母だけ病院へ行くことにかなり怒っていた。

    何とか機嫌を直して貰おうと「じゃあ帰りにお菓子買ってあげる!」とか「帰ったらYouTube見ていいよ!」とか言う私に、兄太が出した交換条件があった。

     

    「ママ!帰りにポケモンガオーレやらせてくれるんでしょ!?」

     

    そう、近所のスーパーにあるポケモンガオーレ。

    これをやらせる約束になっていた。

    普段は兄太がやりたがってもはぐらかしていたのだが、今日は仕方ない。

     

    兄太は末くんに会えないことをぶつぶつ言ってはいたが、ポケモンガオーレが出来ることに大喜び。

    スーパーに着くと、一目散に筐体の元へ駆け寄った。

     

    兄太は妹と一緒にやる気満々だったが、妹の方はすぐ近くにあったアイカツの筐体に吸い寄せられた。

    妹にもやらせてポケモンディスクを二人分手に入れられると目論んでいた兄は、必死で妹を呼び戻そうとしたが、妹はアイカツ筐体に張り付いて動かない。

    「妹ちゃんっ!ポケモンやるんだよ!」と怒り出す兄を

    「妹ちゃんはアイカツが良いんだって。好きにやらせてあげな」と諌めて、私は両替機に千円札を差し込んだ。

     

    いやあ…私こういうゲームしたことなかったから知らなかったけど、結構お金かかるのなこれ…

     

    1プレイ百円だけど、ポケモンとかコスチュームとかをゲットするためにもう百円必要で、それをゲットすると「これもあるよ!次はこれだよ!欲しかったらもう百円入れてね!」とどんどん新しいのを見せてきて際限がない。

    しかもアイカツは名前を決めたりカードをデコったりで1プレイに結構時間がかかるが、息子のポケモンの方はボタン連打であっという間に終わる。

    娘のアイカツが一回終わるまでに、息子を待たせるためにポケモンに六百円も使ってしまった。

    子供たちは大喜びだが、これそんな頻繁にはやらせられないわ…

     

     

    9月13日

    せっかく上の子らを預けて長時間付き添っても、本人が寝ていたのでは意味が薄い。

    今日は特に延長保育等は頼まず、子供らが帰宅するまでの時間で病院に顔を出すことにした。

     

    末っ子は病院では殆ど吐いていないらしい。

    もう点滴も外れて、末っ子はベッドの上で元気一杯だ。

    担当医師も「検査をしたがどこも悪い所はない」「一度夜に吐いたが、この月齢なら普通のこと」と言う。

     

    それでも少し不安のあった私が「私が来ている時に二回吐いた」「離乳食をあげたら吐いた」と話すも、

    「少しくらい吐くのは普通で問題ない」「離乳食は進めないと。食べさせて大丈夫です」とのことだった。

     

    そうか…気にすることではないのか。

     

    「元気もありますし、今夜問題なければ明日退院にしましょう」

     

    元気があるならすぐにでも帰って来てほしい。

    ホッとした。

    正直、この病院通いが何日も続くと辛い。

     

    今日の付き添いはこれだけで終わりにしようとしたのだが、用意していたタオルが足りなくなってしまったので、夕方また子供たちを連れてもう一度来ることになった。

     

    帰宅した兄妹と共に再び来院し、末っ子と少し戯れ、用を済ませて兄妹の所へ戻る。

    「お待たせー」と声を掛けると、兄がじっと私の顔を見て言った。

     

    「ママ。お見舞いに来るのはいいけど、兄太のこともちゃんと考えてね」

     

    ギョッとした。

    末くんの入院で、子供たちに負担を強いてしまっていたのか。

    末くんばかり気にかけて、上二人のことがお留守になっていたのか。

     

    「兄太たちは中に入れないのに来るの、嫌だし疲れるよ!兄太だって末くんに会いたいのに、待ってるの嫌だよ!!」

     

    あ、そういう方向のやつね!

    寂しいとかじゃなくてね!!

     

    ごめんごめんと言いつつ、少しホッとする。

    もうすぐ退院出来るからね、付いて来てくれてありがとう、と言うと

     

    「またポケモンガオーレやらせてくれるならいいけど」

     

     

    ガオーレは今日はやらねーよ!!!

     

    あんなお金かかるもの連日出来るか!

    親の足元を見るな!!

     

    お菓子ならいいよと言うも、ガオーレがいいと粘り続ける兄。

    結局「わがまま言うならお菓子もなしだよ!!」と私に逆切れされて、兄はお菓子で妥協することになった。

     

    預けるのも連れて来るのも疲れるな…

    まあでも明日で退院だ。何事もなければ。

     

    もし夜の間に何かあって入院が伸びたらどうしようかと、ハラハラしながら過ごしたが、結局何事もなく夜は開け、翌日無事に退院になった。

     

    気が付けば、最初の二日間は痛いほど張っていた乳が、殆ど痛まなくなっていた。

    明らかに供給量が減っている。

    まあ末っ子と生活してれば、じきに元通りになるだろう。

     

    帰宅した末っ子は、入院生活で良くも悪くも刺激を受けたせいか、発達がグッと進んだ感があった。

    ベビージムの前で座り込み、吊るされたおもちゃを手で触って遊んでいる。

    入院前も仰向けに寝そべった状態で手を伸ばしてはいたが、以前よりもはっきりと意志を持って「遊ぶために触っている」という感じがする。

     

    吐くことが全くなくなったわけではないが、まあどこも悪いところはないらしいし、元気はあるし機嫌も良いし、赤ちゃんが少しくらい吐くのは普通のことらしいから、気にすることはないのかな。

     

    久しぶりの一家団欒だ。

     

    これで元通りだ。

     

    そう思っていた。

     

     

     

     

     

     

     

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      • 2019.09.01 Sunday
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